こんにちは、T(ティー)です。
今日は、遅い寝起きで午後は部屋の片づけをしております。
さて、最近記憶が曖昧になってきたので、備忘録に適応障害の発生原因から現在までの状況をまとめてみる。
目次
転職活動開始
諸事情により、転職活動開始。
せっかくなので、今までのエンジニア職からキャリアチェンジを検討した。
これがそもそもの間違いの始まりだったのだが、年齢も30歳を超えており、
新しい分野へチャレンジしてみたいと思いから、このれはキャリアチェンジのチャンスと考えたのである。
転職活動は、某転職エージェントを活用した。
転職エージェントは、履歴書のアドバイスとか面談調整とか動いてくれて便利だったけど、親身に考えてくれるかというと疑問符が付いたが、むこうもお仕事で大量にさばかないといけないのでしゃーないかな。
キャリアチェンジは、IT業界で営業+広報のような内容。
で、転職活動一か月ほどで、下記の要望が満たせる企業に内定がきまった。
- キャリアチェンジだけど、年収アップ(過去の経験を評価いただいた)
- 様々なことにチェレンジできる環境
- チームで動く体制
- DtoDで1時間半の通勤
- 残業はちゃんと出る
- 事前の会社の評判も悪くない
- 業界では有名企業
- 離職率低い
パッと見すばらいい結果だろう。
キャリアチェンジの不安もあったが、ウキウキしていた。
その後、適応障害になるともしらずに。。。。
転職から1~2か月目
入社日暖かく迎えてもらえた。
中途ということで、研修というものはなかったけど、エンジニア時代から知っているプロダクト担当だったので製品知識もある程度理解は追いついた。
ちょうど働き方改革が盛んに言われている時期だったこともあり、残業も多くなかったがやはり業務内容がガラッと変わったため、早くみんなに追いつきたいと躍起になっていた。
2ヶ月目あたりからは、周りから色々といじられ始めて談笑もする。
※ここのいじりは、新しい人が入ったということでいい意味でいじられていたかなぁと感じる。
1つ気になったのは、会議がむちゃくちゃ多かったので職種変わるとこんだけ変わるもんかと困惑していた。
転職から3~6か月目
中途入社ということで、1から教えてもらえることはないけどやはりわからないところは聞かないとわからない。
ただ、周りは当たり前にこなしていることが、出来ずに出来ない呼ばわりの弄りが始まる。
※これも、相手からすると冗談まじりの弄りではあるが心にチクチク響きだす・・・。
冗談とはわかっていても実際に業務がスムーズに出来ていないので焦り始める。
担当するプロダクトがどんどん増え、業務量も増えて行った。
相談するも、「みんなそうだからねぇ」とのよくある回答をいただき、これまた働き方改革もあり無駄残業は出来ないので、喫茶店や自宅で仕事に割く時間がドンドン増えていく。
たまに徹夜レベルでやっても回らなくなってきた・・・。
確かにチームはあるが、このあたりから下記の有名な言葉が頭に思い浮かぶ・・・
「我々の間には、チームプレーなどという都合のよい言い訳は存在せん。
あるとすればスタンドプレーから生じる、チームワークだけだ。」
限界を感じ始め、このまま仕事を続けていいか迷い始める。
最後の方で、もうタスクは完全にまわらなくなっていた・・・。
転職から7~8か月目
日々のタスクは完全に崩壊していた。
どんどん遅延するタスク、失敗が増える日々、業務においつけずダメ出しが増える。
完全なる自転車操業状態。しかし、新しいタスクは日々増え続けていた。
1つ終わったら、2つ新しいタスクが降ってくるような状態であった。
不眠、手の震え、集中力の低下など、適応障害の症状が如実に出てくるが、仕事はあるのでムチ打つ日々に何をどうこなせばいいかわからなくなる。
相談したが、タスクと人の回し方が下手との回答・・・回す人も明確に割り当てられておらず周りも自分より長年の人のため、どうしていいか困惑の日々。
笑うことがなくなり、趣味も面白くない、休日は仕事か眠り続ける日々が繰り返される。
この時点で自分で認識できていた症状。
- 不眠
- 時たまくる手の震え
- 集中力の低下
- 会話についていけない(返答に時間を要する)
- 常に漠然とした不安、動機
ついに、妻からの助言で、メンタルヘルスを受診。
一発で適応障害の診断がくだされ休職を勧められる。
このまま行くと確実に鬱になるので、早急な対応を求められると同時に薬での治療が開始。
散々悩んだけど下記の点を考慮して、仕事を辞めることを決意。
- 休職後に復帰する自信がなかった
- 休職後にも大きなプロジェクトがあったため酷使は目に見えていた
- 精神が壊れる怖さを思い知り、これ以上壊れたくなかった
- 仕事を完全に忘れてゆっくり寝たかった
転職から9~10か月目
辞める決断をしたため、会社に退職願いを提出。
精神的に限界だったため、残業を拒否。新しいタスクの拒否。を伝える。
色々な人と2週間程度面談に費やし、了承をいただく。
まぁ完全に新しいタスクをしないのは不可能だったが、多少の残業と引き継ぎをしながら淡々と日々が過ぎて行く。
自宅への仕事持ち帰りはせず、可能な限り早く布団に入ることを心がける。
ちなみに、この頃も漠然とした不安は常につきまい安心できる日は少なかった。
手の震えも続いており、趣味も何も楽しくなかった。
薬のおかげで夜眠れることができるのが一番幸せだった。
転職から10か月目
結局引き継ぎも完全に終わらぬまま退職の日になる。
同じチームからは、理由も説明して特に責められることなく辞めることができた。
が、他の部署からは、早急な退職に一部避難の声もあったり辛い部分もあった。
退職から1か月目
通院と薬のおかげで徐々に回復傾向がみられる。
が、やる気がおきずほぼ寝たきりの毎日を送る。
退職から2か月目(現在)
回復傾向が現れ薬の量が徐々に減り始める。
やる気も徐々にでてきて趣味を再開したり、日中の活動が増えてきている。
次の仕事もどうしようか思案中。
今になって自己分析
適応障害になった原因
適応障害になってしまった原因についてなんとーく考えてみた。
無駄なプライドと過度にプレッシャーを感じる
完璧を求めすぎた。
60点しか取れる力しかないのに、90点を目指そうとした感じ。
必要とされたい、俺は仕事ができるんだ!という部分を求めすぎていたと感じる。
ある程度、完成度を低めにしながら過ごせばよかったと感じる。
※まぁ抜きすぎたら、それはそれでダメ出しされるから難しいところであるが・・・。
その職種のタスクのさばき方を把握できていない
エンジニア時代は、スケジュールを作ってその中で納期までにタスクを順番にこなしていく。
複数プロジェクトが重なっても、この基本の進め方はかわらない。
ただ、職種が変わったことによってタスクのさばき方は全然違った。
どんな短時間を使ってでも、即タスク処理する能力が必要だったが、そこを理解できたころには、手遅れになっていた。
もっと助けを求めればよかった
何回か助けの相談をしたが、「みんなそうだから」の言葉で億劫になっていた。
もっと周りのメンバーにSOS信号を送るべきだった。
成功体験のない日々
転職後、これは成功した!という事柄がなかった。
周りからも基本的に終わらした後に、ダメなところを指摘されるような有様だった。
もっと、タスクを分解して成功体験を自分に与えるべきだった。
勉強不足
その業種で必要とされる部分の勉強(理解)が足りていなかった。
もっと何が求められるのかちゃんと把握、学習しながら進めるべきだった。
転職時に考えること
ということで、キャリアチェンジなしでも転職するときには、今の環境を捨てて新しい環境でチャレンジするのか、考えてほしい。
自分の例にして、転職時の要望と真実を振り返ってみる。
- キャリアチェンジだけど、年収アップ(過去の経験を評価いただいた)
→こちらは、面談の年収ベースで確実にアップしていた。残業を幾分かつけていなかったが、それでも額面上は前職よりアップだった。
- 様々なことにチェレンジできる環境
→確かに様々なことにチャレンジはできる環境だった。が、通常の業務のある中でのチャレンジなので、かなり仕事没頭の生活になる。
- チームで動く体制
→確かにチームでは動いていた。ただ、そこに相互補助はあまりなく単体プレーの寄せ集め感満載。これは入社しないとわからないかも。
- DtoDで1時間半の通勤
→問題なし。
- 残業はちゃんと出る
→付けた分はちゃんと出た。
ただ、どうしてもタスク過剰で自宅などでかなり仕事していた。
- 事前の会社の評判も悪くない
→事前に調べていた限りでは特に悪い評判はなかった。
中にはいったら結構愚痴があった。これも入社しないとわからないかも。
- 業界では有名企業
→割と有名?だったので、商談などはしやすかった。
- 離職率低い
→事前に確認では、離職率低かった。が、数字のマジックなのか入社した後、かなりの退職者がいた。これも入社してみないとわからないかも。
みなさん気を付けて
どのような場合でも、転職はある程度ストレスがかかるもんだ。
過去に何回か転職したけど、今回は色々と合わない部分が重なって適応障害になってもた。
精神や体に異変がでてきたら、病院いくなり休職するなりをすぐに検討してほしい。